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哲学

イスラム教の神秘主義哲学「スーフィズム」01 スーフィズムの歴史とエジプト・ペルシアのスーフィー

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まだ大学生だった1999年に作ったホームページに載せていた稚拙な文章ですが、再掲載します。

スーフィズムとは何か

スーフィズムとは、「内なる道(内面的視座)」を重視する神秘主義的イスラームの総称である。

ここでいう「内面」とは、理性や知覚、感覚では決してとらえることの出来ない次元のことで、シャリーア(イスラーム法)や政治を司るウラマー達が行う「外なる道」とは真っ向から対立するものである。

仏教の顕教と密教との相違

この対立は仏教における密教(秘教主義的仏教)と顕教の対立の構造によく似ている。

仏教の場合、この対立は長く続かず、密教が顕教を包摂する形で事態は収まり、日本やチベットではむしろ秘教主義的な密教が主流である。しかし、イスラームにおける「内なる道」と「外なる道」の対立は、しばしば流血・処刑・殉教という悲惨な事態を生み出してきた。

異端視されたスーフィズム

スーフ(羊毛の荒布)をまとい、街中から逃れ禁欲的で激しい修行により人間の内面をめざしたと伝わるスーフィーは少数派である。

イスラームは『コーラン』に示されるように、聖と俗とを分けることはない。しかし、シャリーア(イスラーム法)を俗なるものとして否定し、独自の方法論=タサウウフ(スーフィーたること)を選んだスーフィーたちは当然異端視されることとなる。

シャリーアを至上価値として守るウラマーたちにより弾圧され続けたスーフィズムだが、現在ではイスラーム文化に欠かせない重要な要素となっている。

なぜならスーフィズムが生まれたのは、歴史の必然でもあり、もしスーフィズムが無かったならばイスラームは今のように世界的な広がりを見せる宗教にまで発展しなかったのだ。

スーフィズムが果たした役割

それではスーフィズムがイスラーム世界をどう変えてきたのかをこれからみていきたいと思う。

イスラーム世界において、アラーの言葉である『コーラン』とムハンマドの言行録である『ハディース』からシャリーア(イスラーム法)というのが編まれた。

シャリーア(イスラーム法)とは

シャリーアというのは「水場への道」という意味であり、永遠の生命へ至る道・人が人として歩むべき正しい行いを示している。シャリーアは「法」とはいっても、われわれ日本人が考える「法」とはまったく違う。

日本における「法」は、生活するうえで常に意識しなくてもよいものだが、シャリーアは即アッラーの命令であり禁止であり、その拘束力は生活の行住坐臥に及ぶ。ムスリムにとってはシャリーアを意識しなければ日常生活さえ満足に送ることが出来ないのである。

このシャリーアも、もともとは『コーラン』や『ハディース』などの聖典から日々の生活に合わせて臨機応変に適用されていた。

しかし、一人一人が自由に聖典を解釈していたのではイスラーム世界はその統一性を失って、無数のセクトが乱立して互いに排斥しあってしまい、収拾がつかなくなる。そこでイスラーム世界の大多数、スンナ派の指導者たちは西暦9世紀中葉に、やむを得ず聖典を個人が自由に解釈すること=イジュティハードを禁止した(シーア派は禁止していない)。

形骸化するシャリーア

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このことによりイスラーム世界がその統一性を失うことだけは避けられたが、シャリーアはともすれば形骸化し、自由さを失ってしまった。そしてシャリーアはイスラーム世界がほとんどアラブ半島に限られていた時代に固定化してしまったので、その後イスラームが世界中に伝播する際に大きな障壁となってしまったのだ。

宗教は社会制度化すれば、外面的には一つの統一化された強固な共同体とも見えるが、自由な信仰に伴うダイナミックな運動を失ってしまった宗教は形式主義・律法主義に陥ってしまい、構造疲労がおこる。

そして宗教ではしばしば構造的疲労、形骸化に陥った形式主義・律法主義に対して内面的観照の方から反撃が行われる。

キリスト教、大乗仏教との相違

イーサー(イエス・キリスト)が律法主義者のパリサイ人を批判したように、また大乗仏教者が実際に行動することを忘れた上座部仏教者を批判したように、外面・内面の宗教の相克は宗教の発展の必然のように思える。

シャリーアを遵守する「外なる道」のウラマーは当然政治体制を守る方を選択する。

反面、シャリーアを軽視もしくは排斥するスーフィーたちは反体制派となる。

そしてスーフィーたちはウラマーと結びついた時の政治権力者により叛逆者と認定され、宗教的にも異端者として迫害されることとなった。

宗教が生活のすべてを司るムスリムにとって、異端とレッテルを貼られることは死刑にも等しい処遇である。実際死刑にされたスーフィーもいた。ではなぜ当時異端であったスーフィズムが今や公認のものとなり、イスラーム世界発展の鍵を握るのか、有名なスーフィーたちを見ながら考えていきたい。

初期のスーフィーたち

スーフィズムに特徴的な、神秘体験や神智学的な思想は正統派イスラームには容易に入り込めるものではなかった。

だから初期のスーフィーたちは自分の神秘体験を巧妙に隠し、暗示的な言葉によって自らの思想を表現していた。

エジプトのズー・ヌーン

最初期のスーフィー、エジプトのズー・ヌーンはアラーのことを人々の前では「わが主」と呼んでいたが、一人のときになると「わが愛」と呼んでいたという。ズー・ヌーンは神に出会う直覚的認識(体験)を初めに唱えた人物だといわれる。

ペルシアのヤブー・ヤズィード・バスターミー

ペルシア人ヤブー・ヤズィード・バスターミーは一冊の本も残さなかったが、その教えは弟子たちが語録・物語の形で伝えている。

バスターミーは激しい苦行と瞑想により、自己自身の無化(ファナー)に到達したという。

その神秘的な体験の中で彼はまるで自分自身が神であるような言葉を発している。「私は私自身を脱ぎ捨てました、蛇がその皮を脱ぎ捨てるように。それから私は私の本質に思いを凝らしました。すると私は、この私自身が、かの御方であったのです。」という彼の言葉は明らかに自分と神が一体化した境地を示してはいるが、まだ暗示的でもある。

バスターミーとシャンからのヴェーダーンタ哲学

バスターミーにはシャンカラのヴェーダーンタ哲学の影響が見られるという。苦行により本質的存在=アートマンと合一しようとするバスターミーの哲学にはまた、古代インド哲学の影響も見られる。

バスターミーとキリスト教神秘主義

そしてバスターミーにはキリスト教神秘主義との類似点が見て取れる。

マイスター・エックハルトは『神の慰めの書』の中で、「真に完全な人は己自身に死し、己自身の像を離脱し、神の御意志の中へと形成せられ、神の御意志以外の何事も知らない」と記しているが、これはまったくバスターミーのファナーの境地と言えよう。

ニコラウス・クザーヌスは、「矛盾の一致」ということを唱えているが、彼はキリスト教神秘主義を以ってキリスト教ととイスラームを統合しようとしていたのだという。

バスターミーの教えの継承

バスターミーが弟子を携えているといったが、スーフィズムの継承は師匠から弟子への師子相伝という形で伝わった。

なぜならスーフィズムの教えは、本来的にシャリーアのように言葉に出来るものではなく、修行の体験によってのみ獲得できるものであったからだ。

その修行にはズィクル(アッラーの名を一心に唱える、日本でいう念仏に似ている)や宗教的賛歌、器楽演奏、天使の舞を再現すると言われる神聖舞踏があったが、その修行を完遂するためには導師(シャイフ)の存在が不可欠であった。

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