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柳宗悦の「不二の美」 -『美の法門』の思想から考える-

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まだ大学生だった1999年に作ったホームページに載せていた稚拙な文章ですが、再掲載します。

美しさと醜さというのは対立した概念です。

美しさがあれば醜さがあり、醜さがあれば美しさがあります。醜さを考えずして美しさはなく、また美しさと同一な醜さもありません。

美しいものと醜いものの対立が生まれる

でもどうして、美しさと醜さは対立するのでしょうか。

なぜ醜さを棄てて美しさを取らなければならないのでしょうか。

なぜ美しさが讃えられ、醜さが呪われるのでしょうか。

どうして多くのものが醜くなり、醜くなることを余儀なくされるのでしょうか。

不幸にも、この現象世界では人の姿も美しさと醜さに分かれ、ものも美しさと醜さに分かれます。分かれてしまうことをどうすることもできません。

なぜなら、人はこの現象世界にある限り、美しさと醜さという概念に限らず二元論を用いて生きていかなければならないからです。

物事を区別して考えない限り、何も始まらないからです。

それゆえ美しさと醜さが生まれ、できるかぎり醜さを棄てて美しさを選ぼうとします。

誰もが美しさと醜さとの間で様々に苦しんでいます。 この悲痛な苦しみは、美しさと醜さという概念に限らず、善と悪、聖と俗、有と無、主体と客体、生と死にいたるまですべての対立した概念に通ずるものです。

二元論の世界の中での闘争

二元の対立の中では矛盾や闘争が果てしなく続きます。対立した概念の一方に立つと必ず反対の立場が生まれ、その反対の立場を消し去ったとしても、正しいか正しくないかという二元論的方法論を用いる限り、また新たな対立を生み出すに過ぎません。

矛盾や闘争の中では何ものも永遠ではあり得ません。

すべてのものは一切の限界の中に沈んでしまいます。

しかし、美しさと醜さ、その他の対立した概念は固定的であり、絶対なのでしょうか。 少し考えてみると、美しさと醜さというのは、またあらゆる対立の概念とは、人間がある関係性において仮に作り出したものに過ぎないことに気づくでしょう。

ある特定の時代、地域での美しさが他の時代、地域では全く通用しないことが しばしばあることは美しさと醜さというものが仮のものに過ぎないことをよく物語っています。

美醜の相対性

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つまりは美しさとはその時代、地域の人がどういう「ものの見方」をするかにすべて依存しており、美しさと醜さというものは相対的なものに過ぎないのです。

美しいものというのはその時代、地域の芸術意志が形になったもので、様式として現象世界に表れたものです。

すべての対立する概念というのは虚構であり、かりそめに過ぎないのです。対立から生じるすべての矛盾や闘争の根源は、対立する概念を実在視し、そのどちらか一方に固執することからきています。

対立したものを作り出したのは私たち人間にほかなりません。対立など人の作為に過ぎず、本来は対立した概念など何も実体はなく、分別されたものは、どんなに現実に見えたとしても、人間が勝手に作り上げた妄想に過ぎないのです。

なぜなら、それらの分別されたものは不変の自律した性質を持ちません。それ自体の定まった性質を持つことはあり得ないのです。

例えば、東とか西とかといってもそれは仮の名で、東京は関西からみれば確かに東ですが、東北地方からみれば東でなく西にあります。

このように東京自らは決して東とか西とかの定まった性質を持つことはありません。東京といっても、それは仮のものです。

ある特定の関係性からしか東京は東京であり得ないのです。

美しさと醜さというのも全く同じで、美しさという自律した性質があると考えるのは間違いです。

ただある関係から観れば相対的に美しく見えるだけです。 美しさにも醜さにも、それをそうあらしめている本質、固有性といったものはあり得ません。

ただ全体の関係性の中で特定のパターンとして美しいとか醜いとか感じ取られているだけのことです。

本来は美しさと醜さというのは表裏一体なものです。究極的には美しさも醜さもない。

美と醜を俯瞰する観点に立つ

肯定的に言い換えるならば、美しくもあり醜くもある、全一なる統一体のみがあるともいえるでしょう。

この二元の対立を越えた観点に立てば、もはやいたずらに矛盾や闘争に悩まされることはありません。

なぜなら、「美しいか醜いか」や「醜さから美しさへ」とか「美しくなければならない」という命題は意味をなさなくなるからです。

反面に醜さのある、対立の片方としての美しさなどは相対値に過ぎません。

醜さを恐れない、それどころか醜さをも受け入れ、美しさと醜さという対立が対立のまま、その意味を無くしてしまってはじめて、ほんとうに『美しい』といえるものが顕現してくるのではないでしょうか。

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